完璧主義と隙
更新日:10月8日
世界には、数多くの生地メーカーがあります。
イタリア、イギリスをはじめ、それぞれのメーカーが長い歴史の中で培ってきた技術があり、ものづくりに対する哲学があります。
どれが優れているということではありません。
気候や伝統から重厚さを追求するブランド。
色彩の美しさを大切にするブランド。
触れた瞬間の質感や、身体にまとったときのエレガンスを追求するブランド。
生地を見ていると、その一枚の向こう側にある「美学」を感じることがあります。
今回は、その中から写真のスーツに使用した、イタリアを代表する生地メーカーの一つ、”Loro Piana(ロロ・ピアーナ)”についてお話ししたいと思います。

羽織った瞬間に伝わるもの
写真のスーツは、今年のコレクションの生地で仕立てたものです。
Loro Pianaは、創業家から受け継がれてきた”美への完璧主義”、品質への強いこだわりを持ち、ウールやカシミヤをはじめとする上質な天然素材を追求してきました。
Loro Pianaの生地に触れていると、いつも「美しい」と感じます。
それは単に、色が綺麗だからという事ではありません。
単に柔らかいからでもない。
身体に羽織り、肌に触れ、鏡の前に立ったときの美しさ。
素材の柔らかさ、光沢、ドレープと身体の動きによって変化する表情。
それら全ての瞬間に、エレガンスを感じる。
「身に着けた瞬間、芸術性すら感じる」
生地に込められた哲学や美学は、言葉で説明されなくても、五感を通して人に伝わるものなのだと思います。
完璧だからこそ「隙」をつくる
いつもスーツを仕立てるときに、テーマを決めます。
今回は、
「完璧と抜きの両立」
Loro Pianaの生地そのものには、十分な美しさと品格があります。高級な生地で仕立てる際は、品格を落とさないように完璧を求めがちです。
だからこそ、フォーマルのルールに沿って隅々まで端正にまとめた「完璧なスーツ」をつくるのではなく、どこかに“抜き”をつくりたいと思いました。
私は、この“隙”がとても大切だと考えています。
隙とは、やり忘れたミスではありません。
また、カジュアルでもありません。
相手に対する敬意を保ちながら、威圧感を与えないこと。
きちんとしているけれど、近寄りがたい人にはならないこと。
「素敵ですね」
「少し話してみたいな」
そう思っていただける"余白"を装いの中につくることです。
それは、偶然ではなく、意図してつくるエレガントな隙です。

ディテールには、すべて理由がある
その考えから、ジャケットにはアウトポケットを採用しました。
一般的なフラップポケットよりも柔らかな印象になり、スーツが持つ緊張感を少し和らげてくれます。
肩まわりには、ナポリ仕立てを思わせる柔らかな表情を。
袖付けには、いわゆる「雨降り袖」と呼ばれる、細かなギャザーが現れる仕立てを取り入れています。
端正でありながら、柔らかな、そしてどこか軽やかな表情を目指しました。
一方で、柔らかくするだけではLoro Pianaの持つ品格が失われてしまいます。
そこで胸元には、船底のような美しい曲線を描くバルカポケットを。
胸元にさりげない立体感を与え、生地の美しさとスーツとしての威厳を残しています。
袖口は本切羽。
ボタンを実際に開閉できる仕立てにすることで、その日のTPOや着こなしに応じて袖口の表情を変えられるようにしました。
ボタンをすべて留めれば端正に。少し開けば、わずかな抜け感を。
ほんの小さな変化ですが、装いの印象は変わります。
パンツにも、同じ美学を
パンツについても考え方は同じです。
今回の生地が持つエレガントで軽やかな雰囲気を活かすため、サイドアジャスターではなく、あえてベルトループを付けました。
ベルトを変えることで、装い全体の印象を調整できるようにするためです。
腰まわりは、すっきりとした美しさを求めてノータック。
そして裾は、生地の軽やかさを邪魔しないよう、ノークッションのシングル仕上げとしました。
靴の上に余分な生地を溜めず、パンツから靴へと流れるラインを美しく見せる。
ジャケットからパンツ、そして足元まで。
一つひとつのディテールが独立しているのではなく、すべてが一つの考え方でつながっています。
服は、その人の価値観を静かに語る
人は、こうした細かなディテールを一つひとつ見ているわけではありません。
「雨降り袖だから素敵だ」
「バルカポケットだから美しい」
そう分析して相手を見る人は、ほとんどいないでしょう。
けれど、人は感じます。
「品がある」
「柔らかな雰囲気がある」
「素敵な人だな」
「少し話してみたいな」
数ミリ、数センチの違い。
素材、曲線、シルエット、仕立て。
その小さな選択の積み重ねが、その人の佇まいとなって表れます。
そして、良い装いとは、その人を必要以上に飾るものではなく、その人がもともと持っている美しさや価値観を、静かに引き出してくれるものだと考えています。
美しい生地を選ぶ。
美しいスーツを仕立てる。
しかし、そこで終わりではありません。
その一着をまとった人が誰かと出会い、言葉を交わし、色々な人と関わり人生の時間を過ごしていく。
そこまで想像しながら、一つひとつを選んでいく。
それが、BELLFORAの考えるオーダーの美学であり、哲学です。
何を大切にし、何を残し、どこに余白をつくるのか。
そして、自分はどう在りたいのか。
その答えが一着の中に静かに表れていること。
それこそが、BELLFORAが考える「美しいスーツ」です。





